壊れないクルマとバイクの影

安くて壊れない――― 

日本のクルマやバイクは世界中でそう評価されている。 だから新車だけではなく、中古車も大量に輸出され、さまざまな地域の人々の暮らしを支えている。

とくに丈夫なランドクルーザーやハイエースはアフリカの過酷な環境でも数十万キロを走るという。

ある海外のテレビ番組はホンダ・スーパーカブのあまりにも高い耐久性の限界を知るべく、食用油をエンジンに入れて走らせただけでは飽き足らず、ビルの屋上から落下させた(ホイールなどは変形したものの、いちおう走ることはできた)。 

日本車がこのようなかたちに進化したのは、日本の自動車産業が後発で、ヨーロッパ車の模倣からはじまったことも一因だろう。

模倣といえば聞こえはいいが、要はパクリである。パクリが本家や元祖を超えるためには、安くて壊れないことを付加価値とするしかなかったのではないだろうか。

 一方で、輸入車は高くて壊れる、といわれる。その典型とされるのはイタフラ車(イタリア車とフランス車の総称)だ。

 ちなみに私はモトグッツィ・カリフォルニアというイタリア製バイクを所有している。 日本でモトグッツィというとV7やルマンが主流だが、世界的に見れば北米を中心にこのカリフォルニアシリーズがもっとも売れている。もともと警察用車両として開発されただけに根本部分の耐久性は優れているが、やはりそこはイタリア車。

エンジンが発生する大きな振動によってあちこちのナットやボルトは緩むし、パニアケースのステーにヒビが入ったり、スピードメーターの針がおかしな動きをすることもある(スピードメーターは直したが、タコメーターは今もちょっとおかしい)。いまのところエンジンや駆動系に致命的な故障がないのが救いだ。

 定期的なメンテナンスをしていても、壊れるときは壊れるし、パーツ代もけっこうバカにならない。よほどの好事家でないとイタフラ車を維持するのはしんどく、おのずと愛情が不可欠になってくる。好きだからこそ乗り続ける、壊れても壊れても直して乗り続ける。

好きでなければ、愛してなければ乗り続けられないのだ。 


最近、私はヨーロッパの国々を旅して、こんなことを考えるようになった。

イタリアではローマ時代の遺跡、つまり2000年以上も昔の建造物が当たり前のように現代の暮らしに溶け込んでいる。イタリアに限らずイギリスでも、郊外の町中を走っていると「あの本屋は400年前からあそこにあるんだ」と連れの現地人が教えてくれたり、15世紀に建てられたアパートに今も人々が暮らしていたりする。 

数百年以上も前に建てられた家屋に住めるのは、雨が少なく乾燥した気候ゆえに石造の建築物が成り立つという点が大きい。 もちろん木材と紙でできた日本の家屋と比べたら耐久性は雲泥の差だ。

日本では地震や台風といった自然災害が頻繁に発生することもあり、歴史的建造物は城にしろ寺にしろ、たいてい再建されたものである。 

こうした国情の違いは日欧それぞれのバイク・クルマ観にも表れているとはいえないだろうか。 多くの日本人に共有されるクルマ・バイク観は建物と同様、壊れたらまた新しいものを買えば(建てれば)いいという「スクラップ&ビルド」の思想である。 

壊れたら終わりなのだから、当然、安くて壊れないクルマ・バイクがもてはやされることになる。 無駄なカネは極力かけず、多少のトラブルを抱えていてもノーメンテで乗り続ける。そして酷使した末に致命的な故障が発生したら廃車にして次のマシンに乗り換える。

高額な修理代を払うぐらいなら買い替えたほうが気分もリフレッシュできて、かえって経済的ということだ。そんなユーザーのためにメーカーはさらに安く、壊れない製品を作る。 


 さて、以前から日本人は働きすぎると批判されて自省してきたが、その習慣というか癖はほとんど変わることなく、今も死ぬまで働いている。そう、文字どおり死ぬまでだ。日本では過労による突然死や自殺はめずらしい話ではない。 

ヨーロッパでは長期休暇を取れるのは当たり前で、そもそも一日の労働時間そのものも短く、たとえ仕事が残っていたとしても就業時間がすぎれば帰宅するといわれる。町を見ていても商店は夕方には店じまいし、夜に営業しているのはレストランやバーだけだ。24時間営業のコンビニなんて見当たらない。 

どうもこの状況も前述した日本人のクルマ・バイク観と似ているような気がする。

安くて壊れない日本車と、突然死ぬまで働かされ、働き続ける日本人。ヒトまでもがスクラップ&ビルドではシャレにもならない。 

これはヨーロッパは先進的で日本は遅れているという話ではなく、どちらも環境に応じた適者生存の結果なのだが、死ぬまで酷使される国の労働者がクルマ・バイクにも同じことをしているというのはタチの悪い冗談である。ノリモノにもヒトにも愛を。ピース。


 (写真/山下 剛、佐藤旅宇) 


著者プロフィール

山下 剛(やました・たけし)

 二輪専門誌『Clubman』編集部を経てフリーランスライター兼カメラマンとして独立。ここ数年はイギリスのマン島で開催される世界最古の公道レース「マン島 TT 」やアメリカ・コロラド州で行われる「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」などの海外レースを積極的に取材している。現在の愛車はモトグッツィ・カリフォルニア(二輪)、ホンダ XR250R(二輪)、スバル R1(四輪)  


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