いま、日本で一番カッコいい軽トラはこれだ!

軽トラだってモータースポーツできる!


僕がかねてからお話を聞きたいと思っていた人とついに対面することができた。

その人の名は軽市くん。3年ほど前から「軽トラで本気出してみた」という動画をシリーズで投稿している青年だ。僕はこの動画のファンなのである。

 動画の内容を簡単に説明すると、北海道に住む大学生、軽市くんが人生初の愛車であるDA63T型スズキ・キャリイトラックでジムカーナやラリー、ダートラ、オートテストなどのモータースポーツに挑むというものだ。

※スラローム走行やバック走行など、日常的なテクニックを競うイギリス発祥のモータースポーツ。「運転の正確さ」と「走行タイム」で順位が決まる。


動画は軽市くんが幼いころから父に言い聞かせられていたという言葉で始まる。


『クルマはFR』

『パワーが無い車に乗らないとそれを補う、絶対的な速さは身に付かない』

『高い車は買って終わり』

『安い車をいじるから楽しい』

『遅そうな車を速く、走らせる、それがかっこいい』


 こうした言葉を受けてなぜキャリイを選択したのかについては後ほど詳しくお伝えするが、格上のマシン相手に軽トラで挑むというストーリーは漫画『頭文字D』と同様のロマンを感じさせる。僕がとくに感銘を受けたのは、少々不格好でも体当たりの実践で真剣にモータースポーツに挑む、良い意味でのアマチュアリズムとチャレンジングスピリットである。

軽市くんがメインで走っているジムカーナというのは、四輪競技のなかでは比較的お金がかからないとされているが、しっかりやろうと思ったらやはり相当の出費を覚悟しなければならない。

僕も含め、モータースポーツに興味はあってもコスト面で二の足を踏んでしまう人は多いことだろう。しかし軽市くんは軽トラという思いもよらぬ選択でモータースポーツの世界に飛び込んだ。 

もちろん、ただやるだけの「ネタ」ではなく、本気で速く走るために真剣にクルマを作り、テクニックを磨く。華麗なサイドターンでパイロンをかわす軽市くんのキャリィは直線路をぶっ飛ばすしか能のないそこらのスポーツカーより、はるかにスポーツカーしている。

クルマ好きの平凡な大学生である軽市くんが、経験ゼロの状態から手探りで成長していく様子からは、モータースポーツの面白さ、喜び、苦労などがじつにリアルに伝わってくる。

どんな場面でも楽しそうにドライビングする軽市くんのキャラクターも相まって、YouTubeのコメント欄は恐らく僕と同世代以上と思しき中年からの熱い激昂メッセージで埋まっている。


#軽市とDA63T 
20歳の時にドライビングテクニックを向上させるためにスズキ・キャリィを購入。ジムカーナやラリー、ダートラといったモータースポーツに軽トラで果敢に挑戦する「軽トラで本気出してみた」という動画が人気を博す。23歳。北海道出身。声優・水瀬いのりの大ファンで、取材の翌日は東京で開催されたイベントに参加したとか。




現在、彼は社会人となり、故郷の北海道から愛知県へ移住し、競技を継続している。新社会人が見知らぬ土地でひとり暮らしながらモータースポーツに打ち込む、もちろん苦労は山ほどあることだろう。 軽市くんのこれまでの活動についてはYouTubeとニコニコ動画で公開されている動画を見ていただくとして、GoGo-GaGa!では彼のパーソナルな部分にフォーカスしてみたいと思う。ジムカーナの練習走行のため、関東へとやってきた彼へのインタビューをお届けしよう。



クルマ好きオジさんのヒーロー、軽市くんに訊く


取材場所である千葉県香取市の「浅間台スポーツランド」ではすでに沢山のクルマが練習走行を行っていた。もっとも数が多いのはマツダ ND5RC型ロードスター。現在、PN1クラス(排気量1600㏄以下、2輪駆動、市販ラジアルタイヤ)において最強とされているモデルだ。他にスズキ・スイフトスポーツ(ZC33S型)やホンダ S2000、日産・フェアレディZ(Z33型)、トヨタ86(ZN6型)、変わったところではマツダ・オートザム AZ-1などの姿も見られる。

いずれの車もサスペンションをチューンし、低く身構えた精悍な姿となっている。ルーフが抜きんでて高いキャリイの異質さがいっそう際立つ。


ジムカーナは舗装路面にパイロンを並べ、あらかじめ設定されたコースを競技車両が1台ずつ走行してタイムを競う。街乗りしているナンバー付きの車両でも参加することができるという身近さが魅力のモータースポーツである。サーキットで行われるレースと比べ速度は低いものの、上手いドライバーの360度ターンやパイロンスラロームはかなりエキサイティングだ。


 ―――やっぱり他のクルマとこうして見比べると目立ちます。そもそもどうしてキャリィで競技をやることに? 


軽市くん:資金的に余裕のない僕がジムカーナをやるには安価で軽量で高年式、クローズドボディ、荷物が積める、部品入手が容易、そしてFRであることが条件だったんです。これらの条件を当てはめて消去法で選んだ結果、DA63T型のキャリイの中古を約40万円で購入することになったんです。よく誤解されますが、軽トラのマニアではないです(笑) 


―――わはは、でも普通の人はいくら消去法でも軽トラまで選択範囲を広げないと思うな。同じ軽トラでもスーパーチャージャーの付いたスバル・サンバーや現行モデルは候補に挙がらなかったの?


 軽市くん:サンバーはLSDなどのパーツがあまり市販されていないのがネックで。あと、現行型の軽トラックはフルキャブ※なので競技には向かないんですよね。ショートホイールベース&オーバーハングが長いので、コーナリング時のバランスが良くないんです。

 ※フルキャブオーバーの略。ドライバーが前輪の軸上に座るためフットスペースを大きくとれるのが特徴。DA63T型キャリィのようにドライバーが前輪軸の後ろに座るタイプはセミキャブオーバーという。
 ジムニーやアルトでお馴染みのK6Aエンジンを搭載するDA63T型キャリイ。フロントにエンジンを搭載し、リアタイヤを駆動するFRだ。エンジンはフライホイールを軽量化した以外は基本的にノーマル。他に強化クラッチやクスコ製LSD、初代スイフトスポーツ用のキャリパーなどを装着する。いまはサスペンションのセッティングが決まらず苦労しているとか。
 ●全長×全幅×全高:3,395×1,475×1,790㎜ ●ホイールベース: 2350㎜●車両重量:700㎏ ●エンジン:658㏄ 水冷直列 3気筒 DOHC ●タイヤサイズ:145R12-6PRLT



軽市くんは動画から分かる通り、とても明るく朗らかだが、ステアリングを握れば負けず嫌いな性分も顔を出す。とくに雪道のドライビングには絶対の自信があるという。2017年度のオートテストでは北海道チャンピオンの座も獲得。


 ―――なるほど。同じ軽トラでもそれぞれ異なる特性があるんだね。動画では、最初に出場した大会からすでにドライビングテクニックの基礎ができているように見えたけど


軽市くん:キャリイを購入する前から母のダイハツ・ミラ(L275型)を借りて「普通の運転」の練習はしていました。「MTなら雪道でもスタックしない」、「燃費がいい」「腕があれば4WDは必要じゃない」という父の信念から、母の乗るミラもFF&MTだったんです(笑)。これでグリップレベルを超えないための基礎(ヒール&トゥ等々)を身に付けましたね。北海道の雪国に住んでいたので、冬は安全速度内でサイドターンやFドリなどを行って、限界を超えた車をコントロールすることを練習したり。


 ―――まるで漫画みたいなエピソードだ(笑)


軽市くん:キャリイに乗るようになってからは大学までの通学が練習代わりでした。あと僕はナンバーのない車で競技をやるのが嫌なんですよ。普段から毎日乗り込んで、色々なシチュエーションや微差なクセも完全に把握してコントロールできるようにしておきたい。それもキャリイを選んだ理由のひとつなんです。キャリイなら普段からガンガン乗ってもランニングコストはさほどでもないので。


 ――――通学でドラテクを磨くとはアツい(笑) でも普通の大学生はクルマを手に入れたら女の子とドライブに行ったりするものじゃない


軽市くん:残念ながらそういうカーライフは一切なかったです(苦笑)


横転時にキャビンを守るロールバーはお父さんの要望ですぐに装着したそう。幌をかけているのは空気抵抗を低減するため。高速道路だとわずかに燃費が向上するという。ぬかるんだ雪道のラリーでは荷台に雪を載せてトラクションを稼いだことも。


飾り気の一切ない、まさに仕事場といった風情のコクピット。軽市くんの競技に対する一途さが伝わってくるようだ。ステアリングホイールはナルディクラシックを装着する。


 ―――軽トラ特有のテクニックやセッティングみたいなものもあるの?


 軽市くん:うーん、どうでしょう。僕のキャリイはかなりいじっているので……。軽トラ全般ではなく、このキャリィに限った話では、なるべくリアタイヤを両輪とも接地させて走らせることを意識しています。アンダーパワーなので、少しでも車輪が浮いて失速してしまうとリカバリーにかなりタイムをロスしてしまうので。あとは頭が大きく重心が高いので、なるべくロールさせないサスセッティングも肝要です。ロールを防ぐにはスプリングレ―トを上げるのが手っ取り早いんですけど、そうすると車重の軽いキャリイはブレーキングによるフロントタイヤへの荷重移動が難しくなります。そのバランスが難しいですね。スキルアップして速く走れるようになると横転のリスクも高まるので、いまはそのギリギリの領域で走っている感じです。


 ―――そういえば動画でも何度か片輪が浮いて危ない場面があったね


軽市くん:当初はキャリイである程度テクニックを磨いたら次のステップ(クルマ)に行くはずだったんです。ところが動画がこちらの意図を超えて人気となったことで沼にハマってしまって(笑) キャリイだけでモータースポーツ人生を終えようとは思いませんが、すぐに乗り換える気もないです。キャリイに乗っていなかったら僕は普通の人なので。


 ―――いや、僕としてはぜひ軽トラマイスターとして行けるところまで行って欲しい(笑)  ちなみに2018年シーズンはどれぐらい走ったの?


軽市くん:とにかく沢山走り込むことが目標だったので、年間で21大会にエントリーしました。 


―――21戦!それじゃあお金もかなりかかったでしょう


軽市くん:そうですね。大会のエントリー費と遠征費だけでも30万円近くいってます。これにオイル交換やサスペンション(ばね)交換、壊れたトランスミッションの積み替え、LSDのオーバーホール代などのメンテナンス費用を加えると、年間約45万円ぐらいをモータースポーツのために費やしていることになります。今年はタイヤやブレーキパッドの新規購入がなかったので、メンテナンス費用は比較的安く収まっていますけど。


 ―――年間45万円ということは月3万7500円。レース数を半分ぐらいにすれば、まあ何とか家計を圧迫せずに楽しめる金額かもしれないね。競技で上位を目指すにはドライビングテクニックだけではなく、クルマをチューニングも重要になってくると思うけど

 荷台のアオリには「軽トラで本気出してみた」のバナー。女の子のイラストはキャリイを擬人化したオリジナルキャラクターだ。動画の中でキャラクターを描いてくれる人を募集したところ、達磨かえる元帥さんという絵師さんが協力してくれたそう。 


 軽市くん:車両整備はキャリイを購入してからインターネットを参考に独学です。エンジンやトランスミッションの分解や組立てといった緻密な作業はできませんが、ストラットの交換ぐらいならレース会場でやれるぐらいにはなりました。100Vの溶接機も買ったので素人なりに部品の加工もやるようにしています。

コースに着いたら街乗りタイヤからハイグリップなアドバン・ネオバに履き替える。キャリイは車体が軽いため減りが遅く、2シーズンを使ってもまだ山が残っているそう。ジムカーナ仕様の軽トラでコースまで自走しなければいけないのは結構キツそうだ。


 ―――軽市くんはドライビングと共に動画を作るセンスもあるよね。お笑い要素を入れつつも、全体を貫くストーリーがあるというか。ナレーションに音声合成ソフトを使っているせいで雰囲気はゆるいけど、内容はすごくまっとうでしっかりしている


軽市くん:ありがとうございます。以前、地元の小学生たちとキャンプなどの野外活動をするサークルに入っていたことがあり、毎年年末に一年間の活動を面白おかしくまとめた動画を作っていたんです。そうした経験があったので「軽トラで本気出してみた」は第一回目から比較的満足のいくものが作れたと思っています。


―――最初にYouTubeでアップした動画の再生数は2018年12月末現在で約70万7000回。これだけ再生されれば広告収入を活動資金にすることもできる?


 軽市くん:YouTubeの広告収入は多いときで月1万5000円程度なので、わずかに足しになる程度です。本当はYouTubeの動画に広告を付けるのって媚びてるような気がして抵抗があったんです。でも何のバックボーンもない大学生が競技をやろうと思ったらカッコつけてばかりもいられないですから。ただ、社会人になってからは撮ったものを編集する時間がなかなか捻出できず苦労しています。いつも最初に全体のプロットをしっかり考えてから編集作業を行うので、時間がかかってしまうんです。

 

―――いまはむしろ動画を視聴することで軽市くんの競技活動を支援したいって人も多いんじゃないのかな


軽市くん:動画は広告収入をあてにするというより、どちらかというと自分のことを周囲に知ってもらうのが目的でした。僕は北海道出身で、同じ競技をやっている人との交友関係が弱かったので。だからその点ではすごく効果があったと思っています。いまはレース会場に行くと沢山の人が声をかけてくれます。


 ―――軽市くんが自覚しているか分からないけど、恐らく相当数の人があの動画の影響でモータースポーツを始めたと思いますよ。それぐらい面白いし、自分もやってみたいと思わせる力がある。どこかの企業が軽市くんのスポンサーになって競技と動画制作に集中できるようになれば、動画の更新頻度がアップして我々は嬉しいのに(笑) 


軽市くん:ディクセルやタクミのスカラシップ制度※のお世話にはなっていますが、スポンサーはいないです。僕はその辺りの事情に疎く、とにかく頑張って速く走っていればいつかスポンサーが現れるものと思っていたのですが、どうも違うらしいと最近気が付きました(笑)

 ※その会社の製品を使ってレースに出場し、ポイントを獲得すると賞品や割引といった特典を受けられる制度。
軽市くんはスカラシップ制度のサポートを受けているため、コースではディクセルとタクミのステッカーを貼って走行する。前者はブレーキパッドとディスク、後者はオイルを製造するメーカーだ。


 ―――ガツガツ営業にいかない実直な感じも軽市くんらしさかな。最後に今後の展望について教えてもらえますか。競技活動と動画制作、それぞれで


軽市くん まず競技についてですが、キャリィで出場できるレースはすべて出てみたいです。ジムカーナやダートラ、ラリー、ドリフト。最近は「ラリークロス」というレースにも興味があります。動画の方はとりあえず2018年の活動をまとめた続編を制作し、それ以降はちょっと趣向の違う動画もやろうと思ってます。ジムカーナやラリーって地区戦があったり、すごく身近なモータースポーツなのにいまいち知名度が低いんです。だからもっと沢山の人に知ってもらえるような新しいアクションを起こそうと考えてます。


同じ日に親子で練習をしていた方と記念撮影。息子さん(左)は軽市くんの動画を知っており、「あれは面白いですよねえ」と絶賛。



インタビューを終えると、50代くらいの男性が軽市くんと挨拶を交わしていた。軽市くんが取材のために浅間台スポーツランドを訪れると聞いて見学に来たのだという。

 「モータースポーツの経験はなかったんですけど、軽市くんの動画をきっかけにオートテスト※に参加するようになったんです。最近、伸び悩んでいるので、彼の走りを生で見て参考にしようと思って来ました。実際に競技をやってみると軽市くんの上手さがよく分かりますね」 

駐車場には男性が競技で使っているというホンダ・ライフ(JA4型)も止まっていた。一見、どこにでもあるごく普通の軽自動車である。家族にバレないよう少しずつ手を加えているとのことだった。 


「荷台には何が積んであるんですか?」

「夢と希望が積んであります!」

 

軽市くんの動画で、レースⅯⅭの女性とこんな言葉のやりとりをするシーンがある。

もちろん笑いどころなのだが、意外と真実なのではないだろうか。

レースを駆ける#軽市とDA63T は一部の人間にとって間違いなく夢と希望なのだ。


(文/佐藤旅宇 写真/高柳 健)


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