不人気中古車を仕上げながら乗る面白さ

いまの時代にはない「独自性」こそ中古車の価値


 中古車の買い方にはいろいろある。なるべく新しく、走行距離が少なく、保証が厚いものを選び、「なるべく壊れないこと」を期待する買い方もあれば、短期間で乗り換える前提でリセールバリューを重視する人もいる。
だが、もしクルマを単なる移動のための道具ではなく、趣味として考えるのであれば、同じ予算でも少し違った買い方があると思う。

ここでお勧めしたいのは、たとえば予算が100万円あるなら、100万円の中古車を買うのではなく、30万円から40万円程度の“少し疲れた個体”をあえて選び、残りを整備費として確保しておくという方法だ。

もちろん、これは何でもいいという話ではない。エンジン内部にダメージを抱えていたり、ボディに深刻な腐食が進んでいたり、あるいは補修部品が絶望的に出ないような車種では成立しない。しかし、基本は問題なく、消耗品や足回り、ゴム部品、センサー類の劣化が主な問題になっているような車なら、この買い方は驚くほど合理的だったりする。

世の中に流通している中古車というのは、「どこまで整備されているか」が意外なほど見えにくい。展示場ではピカピカに磨かれていても、ブッシュ類は硬化し、ダンパーは抜け、冷却系は寿命寸前ということも珍しくない。そして多くの場合、購入直後は調子よく感じられても、時間ととともに不具合が表面化していく。

だが、最初から“ポンコツ寄り”の個体を理解して手に入れると、考え方が逆になる。

買った時点がコンディションの底であり、そこから少しずつ良くしていく。サスペンションを交換すれば乗り味が変わり、点火系をリフレッシュすればエンジンの吹けが軽くなる。硬化したマウント類を交換したり、ドアストライカーみたいな小物ひとつ買えただけで驚くほど静かになることもある。
つまり、整備に使ったお金が消えるのではなく、しっかり「プレジャー」として返ってくる。

これは新車や高年式中古車ではなかなか味わえない感覚だと思う。現代の車は完成度が高すぎるので、少々部品を交換したところで劇的な変化は出にくい。一方、ある程度年数の経った車は、適切に手を入れることで、本当に別物のようになる。

私は実際、この考え方のもと、1996年式の日産ラルゴ を買い、約6年間も乗り続けている
このモデルを選んだ理由のひとつは、90年代車のなかでは比較的中古価格が安かったからだ。

同時代のスポーツモデルやSUV/クロカン四駆は、近年かなり相場が上がっている。これらの車種は、さほど車に詳しくない人でもその価値が理解しやすく、それゆえ威張りも効く。そのため中古市場でも人気が集中し、相場が高めだ。中古市場というのは、結局のところ人気によって価格が決まる。

だから、発想を転換して逆の目をいくのだ。近年注目されている90年代車であっても、その魅力が一般に伝わりにくいモデルであれば意外なほど安価で入手が可能だ。

ラルゴはまさにそんな1台だった。

この車の面白さは、スタイリングやスポーツ性ではなく、メカニカルな部分にある。
W30型ラルゴは、2.4リッター直列4気筒エンジンをフロントシート下にミッドシップマウントしたFRレイアウトのミニバン。さらにリアサスペンションには、樹脂製のリーフスプリングを横置きにしたマルチリンク式を採用するなど、特異な設計を持っている。当時よりも格段に安全基準や効率、コストが優先される現代では、こうした“変な車”はもう作れれることはないだろう。
だが、こうしたメカニズム上の面白さというのは、ある程度クルマに詳しくないと価値が伝わりにくい。だからこそ中古市場で過剰な人気になりにくく、比較的安く入手できる。
つまり、この買い方のキモは、「安い車」を探すことではなく、“いまの時代には存在しない独自性を持ちながら、まだ世間に本当の価値を見つけられていない車”を探すことである。

購入時の価格は安かったが、その後、足回りや冷却系、マウント類、細かな補機類などに少しずつ手を入れ、これまでに整備費に150万円以上を投じてきた。それでも車両価格込みで200万円には届いていない。タイヤは3年に一度、オイルは半年に1度のペースで交換し、車検代金も含めた金額なので、それほど大したものではないと思う。

数字だけ見ると「そんなに修理するなら新しい車を買えばいい」と思われるかもしれないが、私にとってこの車はだた古いだけのミニバンではない。
実際に乗ると、その独特なレイアウトがもたらす操縦感覚や長距離での安定感など、確かにこのモデルならではの味がある。そして何より、「ちゃんと機械として作られている」感触が濃厚だ。

また、古い車というと、趣味車として休日だけ乗るイメージを持つ人もいるかもしれないが、私のラルゴは完全に普段使いの足だ。6年間で約6万kmを走り、買い物から送迎、高速移動まで普通にこなしている。
1日で800km以上を走ったこともあるし、神奈川から琵琶湖まで日帰り往復したこともある。エアコンが効かないとか、高速で不安定とか、「古い車だから仕方ない」というような不便はほとんど感じていない。しかも、機関の調子は購入時よりむしろ今の方が良いということだ。

もちろん青空駐車なので、外装には年式なりの傷みが出ている。樹脂パーツの退色もあるし、小傷やヤレも避けられない。けれど、エンジン、足回り、冷却系といった“走るための部分”は、きちんと手を入れ続けてきたことで、いまが一番安心して長距離へ出られる状態になっている。
また、30年前の車であるにもかかわらず、突然の故障で路上停止したことが一度もない。もちろん、それは運が良かったのではなく、定期的な整備と消耗部品を計画的に更新してきた結果でもある。

この買い方のもうひとつ面白いところは、車について自然と詳しくなっていくことである。ただし、それは必ずしも自分で工具を握って整備をする、という意味ではない。
もちろんDIYで学ぶ楽しさもあるけれど、信頼できる工場に何度も車を預け、相談し、説明を聞いているだけでも、人間の側にかなり知識が蓄積されていく。

「この車種はここが弱いですね」

「この異音はブッシュですね」

「この年代の日産車はこういう傾向があります」

そういう会話を繰り返しているうちに、最初は何も分からなかった人でも、少しずつ機械の見方が変わってくる。とくに、本当に良い工場というのは、単に車を修理するだけではない。どういう考えで整備するのか。どこを優先すべきか。どこはまだ使えるのか。そうしたことを丁寧に説明しながら、お客さん自身も“育てて”くれる存在だったりする。
だから長く付き合える工場に出会えると、「車を維持している」という感覚以上に、「文化を教わっている」感覚に近くなることがある。

古い車というと、「いつ壊れるか分からない不安」を抱えながら乗るものだと思われがちだ。しかし、実際は、コンディションを把握しながら整備を積み重ねた車のほうが、何も分からないまま乗る“そこそこ新しい中古車”より安心できる側面もある。

こうして維持している古い車は、最終的に“自分だけの一台”になっていくことも嬉しいポイントだ。現行車は、新車という完成状態があり、そこから時間とともに少しずつ部品が劣化し、性能が引き算されていく。

しかし古い車は違う。

どこをどのように直すのか。どの部品にお金をかけるのか。どのフィーリングを大事にしたいのか。逆に、どこは“味”として割り切るのか。その判断が、すべて車の性格に反映されていく。静粛性を重視する人もいれば、あえて当時の乗り味を残す人もいる。純正にこだわる人もいれば、現代的な部品へ置き換えて快適性を上げる人もいる。

つまり、古い車というのは、単に「古い工業製品」ではなく、オーナーの考え方そのものが蓄積されていく存在なのだと思う。

私のラルゴも、いまや新車時のラルゴとは別物だ。けれど、それは劣化したという意味ではなく、6年間かけて自分の感覚に合わせて仕上げてきた結果でもある。だから私は、「古い車に乗る」というより、「価値のある機械を育てている」という感覚でこの車と付き合っている。

中古車を“消耗品”として考えるなら、この方法は非効率に見えるかもしれない。けれど、もしクルマに少しでも機械としての魅力を感じるなら、安い個体をベースに時間をかけて仕上げていくという乗り方には、数字だけでは測れない面白さがあると思う。

もちろん予算が潤沢にあって、自分が好きで、人気もあって、威張れて、性能が良くて、状態の良い中古車を選ぶことができるなら、それは素晴らしい。
この記事は「それほど豊かではない予算のなかでオンリーワンの中古車体験を味わいたい」そんな人に読んでもらいたくて、長々と書いてしまったのである。


(文と写真/佐藤旅宇)


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